森の中で一人の魔導師が剣を振っている。
剣を上から振りかざすたびに剣から空を切る音が聞こえる。

聞こえるのは森の音と剣の音と息遣い。
そしてそれに混じって羽音が聞こえる。

だんだんとその音は大きくなり、近くに舞い降りてきた。

闇の剣を振っているシェゾはお構いなく鍛錬を続ける。

「そんなに鍛えてどうするつもりだ? 魔王とでも戦うのか?」
「…魔王はお前だろうが」

サタンは少しつまらなそうにして、シェゾに近づいていく。

「長い時間そんな馬鹿正直に剣を振って…私ならとても出来んな」
「あいにく俺はお前みたいなチートの才能はないからな。
 それに魔導師たるもの日々の訓練は必要だ」

シェゾは時々こうして誰もいないような場所で剣を振っている。
誰も知らないと思うが、サタンは知っている。

規則的に剣を上げては振り下ろすシェゾの動きに
ますますつまらなそうなサタンはシェゾに後ろからいきなり抱きついた。

「…鍛錬の邪魔だ」

「あんまり強くなるな。強いのは私だけでいい」
「何だその理屈は」

突拍子もないことを言われ、シェゾは不可解に眉をひそめる。
ふいにサタンに無理矢理こちらを向かせられる。

「シェゾ」

そう言われた次の瞬間口に何か感触がはしる。
あまりの驚きにシェゾはつい剣を落とした。

力強く抱きしめられ、抵抗も出来ない。

「んっ…んぅ…」

息が苦しくてつい声が漏れる。
ようやくサタンから離された時、シェゾは顔が赤く染まっていた。

「顔が赤いぞ」

ニヤニヤしながら至近距離でシェゾを見つめる。
シェゾはますます顔を赤くしてサタンから目をそらす。

「可愛いな貴様は」
「可愛いいうなっ…」

シェゾはサタンから抱きつかれていた手を押しのけ、剣を拾う。
足早にここから立ち去ろうとする。
とにかくこの場から離れたかった。

「シェゾ」

後ろから声がかかる。
構わず歩き続ける。

「私はお前のことがスキだ」

その一言でシェゾの足が止まる。

「私はお前がスキだ…お前はどうだ?」

シェゾはサタンから少し離れたところで止まっている。
少しの間だけ何も聞こえなかった。

「キライに決まってるだろ。馬鹿」

その言葉だけ残してシェゾはサタンの視界から消えていった。
森の音と息遣いが聞こえる。

森の中魔王様は一人つぶやく。

「素直じゃないな。全く」
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