血の匂いと、弱々しい息づかい。

森の散歩をしていてつんと鼻についたそれは少なからずサタンを不快にさせた。
一体どこの誰がこんな森で弱っているのか。

この森は子供の魔導師でも散策できるほど魔物も弱いし闘争心もない。
こんなところで倒れることの方が難しい。

「…と思って見に来てみれば」

貴様か、とサタンは目前にいる一人の青年を視界に捉えた。
木にもたれかかりその左足からは血が滲み出ていて、服もボロボロだった。
あちこちについている血はもう渇いていて水で洗ってもとれないだろう。
ここにどれほど長くいたかサタンはそれだけでわかった。

「…何しにきやがった」

やや厳しい声音でその青年、―シェゾは言った。
目つきは決して穏やかとは言えず、鋭くサタンを睨みつけている。
追い詰められた獣が毛をさかだてうなっているという感じが今のシェゾにはぴったりだ。

サタンは何の気なしに答えた。

「いや、こんなところで血を流している奴は一体誰だろうと思ってな。単なる好奇心だ」
「すぐ目の前から消えろ」

普段もシェゾとサタンは仲は良くないが、ここまでシェゾが敵意を剥き出しにするのは珍しい。

「貴様と私の仲ではないか。何がそんなに…」

とそこまで言うとサタンが気づいた。
シェゾの魔力が尽きているのだ。所謂魔力切れ。
魔力がなければヒーリングがかけられない。それにこの分じゃろくな回復アイテムもないのだろう。
足の怪我を治して家に帰ることをしないのもわかった。

しかし、

「お前が魔力切れを起こすなど、よほど強いダンジョンに入ったんだな?」
「………」
「どうした?」
「………た」
「ん?」
「魔導酒を買うのをつい怠った」

なるほど。ちょっと探索するつもりがなかなかに面白いダンジョンで深く入り込んでしまったわけだ。
それでもシェゾが魔力切れを起こすのだから相当レベルが高いダンジョンなのは確かだろう。
そしてそのダンジョン奥深くで魔物の群れに囲まれた時、

「最後の魔力をふりしぼってテレポートで安全地帯まで転移してきたわけか」

それならこの状況全てに合点がいく。
シェゾは先程から何かと尋ねるサタンをうろんそうに警戒を解くことはない。
そしてポツリとシェゾが呟く。

「…お前は俺に何がしたい。こんな状態の俺を見て笑いにきたのか」
「ふむ」

それもちょっとあるにはあったが、もっと言えばシェゾが怪我を負っている姿を
あまり見たことがなく珍しいというのもあった。

「怪我をしてる貴様は珍しくてな」
「見せもんじゃねえぞ」
「それもそうだ」

サタンはシェゾに近づき、シェゾと同じ目線くらいにしゃがみこんだ。
シェゾなぎょっとしていきなり近づいたサタンにいっそう警戒の色を強く表す。

「ほら、足」
「…は?」
「足を見せてみろと言ってる」

そう言うと足の包帯をシェゾの了承を得ずしゅるっと解いた。
足はくるぶしの辺りを大きく切られてるらしく見ててなかなかに痛々しい。
普通なら顔をしかめそうな光景だが、
更に酷い傷も見たことがあるサタンにとってはこれぐらいの傷では動じることはない。

「あっつ…触るな」
「ん。見た目ほど深く切られてないない。私のヒーリングで十分だ」

サタンが患部を少し触り、魔力を送りこむ。
するとみるみる傷が塞がっていくのが見えた。

「質が高いな…」
「当然だ。私のヒーリングを直に受けられることなど滅多にないぞ?」

早さと治り具合が普通とは段違いの威力だった。
実際にその魔導をかけられたシェゾは文字通り身に染みて分かった。

「ほら、終わったぞ。今のはあくまで応急処置でスムーズに傷が回復できるようにしてやっただけだ。
まあ再生能力が高い闇の魔導師には必要なかったかもしれんが、それで今日家には帰れるだろう?」

シェゾは自分の足をゆっくり上下に動かす。
シェゾの足は完治とまではいかないが歩けるぐらいには回復していた。
あとは家で1日養生すればほぼ全快だろう。

「礼は言わないぞ」
「なに、ちょっとした気紛れで助けてやっただけだ。礼はいらん」

シェゾはその言葉を聞くと、すぐここから離れようと立ち上がる。
不本意とはいえ助けられたことと傷を負った姿を見せてしまったのが気まずく、早くここから離れたかった。

だが長時間座りっぱなしだったシェゾがいきなり立ち上がった身のバランスをとるのは難しく、

「うわぁっ!!?」

前のめりに重心が傾く。
あとは顔面からすっころぶだけの状態になった。

しかしそこでサタンが素早くシェゾを受け止めた。
少しサタンがよろけたが、シェゾは顔面ダイブには至らずに済んだ。

そしてこの状況にいち早く把握し、暴れたのはシェゾ。

「ばっ!!は、離せサタン!」
「大丈夫かー?」

サタンはしっかとシェゾの肩を持っている。
シェゾは下半身にあまり力を入れられないため身体をもぞもぞ動かすだけの抵抗になっていた。

離せ離せと必死に喚くシェゾが面白くてサタンはもうひとつからかってみたくなった。

と思うと同時にサタン身体を屈め、シェゾの腰を持ち上げた。
世間一般でいう、お姫様抱っこの形。
抱き抱えられているのはもちろんシェゾの方で。

「っっ!!?おま、何する、」
「なに。その様子じゃ危なっかしくて見てられん。特別に我が城に一晩泊めて面倒見てやる」
「そんなもんいらん!下・ろ・せっ!」
「ああ、距離なら大丈夫だ。城はすぐそこだから飛んでいく。ちゃんとつかまっとけ」
「そういうことじゃねえ!!」

―さて、城に連れ帰ったらどんな手段でシェゾをいじり倒してやろう。

サタンはこれ以上ないほど楽しそうな笑顔でそんなことをぼんやり考えている。
シェゾの抗議を一切無視し、翼を広げて空に飛んでいった。
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