ピクッ。

プリンプにある大きな図書館。
そこの管理者の名前はあくまと言った。

ここの図書館ではいろんな者が利用していく。
勉強のための資料を探しにきたり、虫の図鑑を探しにきたり、用途と理由は様々だ。

いつも通り変わらない穏やかな時間が流れる静かな空間のなか、それはきた。
その図書館に似つかわしくない気配がしたのだ。
利用者が思い思いに本を手に取り読みふけっているなか、あくまは出口を睨んだ。

まもないうちに、銀髪の長身の男が入ってきた。
闇の魔導師と呼ばれるシェゾ・ウィグィィだ。

シェゾは大きな図書館の部屋を一瞥すると、あくまのことなど気にかけてもない様子で中に入ろうとする。

「待つま」

ひっそりと静かな図書館にあくまの声はよく届いた。
シェゾはその声に振り返る。

「闇の魔導師などが何の用だ、ま」
「本を読みに来たんだよ。何か不都合でもあるか?」

あくまの問いにシェゾは間をおかずさらっと答えた。
あくまはその態度が気にくわないらしく、目付きを細くさせる。

「静寂が乱れるま、帰る、ま」
「静寂が乱れる?」

シェゾはハッ、と笑い声を漏らす。

「静寂を愛するオレが静寂を乱すわけなかろう。それよりも…さっきからお喋りしてるから視線が集まってきてるぞ」

その言葉にあくまが周りを見渡すと、図書館の客がチラチラとこちらを見てきているのがわかる。
その視線は好奇心と騒音と感じているものが入り混じっている。
あくまは口論を続けていても他の利用者に迷惑になると、シェゾから渋々身をひいた。

「…変な気は起すな、ま、くま」

低く威嚇するような声にシェゾは「まるで俺が悪者みたいだな」とひとりごちた。
実際本人は悪者のつもりなのだが。



そうしてシェゾはそれからも何度かやってきた。
本もよく借りていくが、その大半はプリンプの魔法研究資料や論文など、
多少勉強と魔法の心得がないと読めないものもあった。

あくまは最初シェゾの来訪を快く思っていなかった。
シェゾに本を借りたいと申しだされたときは知らず知らずに睨んでいたらしく、「そう睨むな」とシェゾにたしなめられた。
あくまとしてはちょっとした屈辱だ。目の前の男よりこちらの方が長く生きているというのに。
そんなこんなでしばらく本の貸出しと鋭い目線の応酬が続いていた。

だが実際に見るとシェゾは静かにしていて、本も丁寧に扱う。
利用期限も守るちゃんとした利用者の一人だった。

そのことで最近少し態度は和らいだが、あくまの方は気を許していない。
闇の魔導師という存在はプリンプの平和の均衡を容易く崩しかねないのだ。
そうして些細なことも見逃すまいとシェゾをよくよく観察してみてわかったことだが、
シェゾはプリンプから古く伝わる魔法やプリンプの歴史書などをよく借りていく。

それがあくまにはひっかかった。

ある日、閉門時間が迫っている夜。
あくまは図書館に残っている客はいないかと図書館の中を見回る。
もっとも、あちらのほうに闇の気配が色濃く感じるので一人残っていることはあくまは分かっていた。
図書館の奥の方を覗くと、それはいた。

「ぐぅ……すーっ…」

ご丁寧にいびきをかいて。
あくまはシェゾに近づくと大きめの声で呼びかける。

「起きる、ま。今日の利用時間はおしまいだ、ま」
「…ん…あ?」

目をあけたシェゾがゆっくりと頭を起こす。
ほっぺには赤い後がついていて、それなりに長く寝ていたことがわかる。

「図書館は寝るところではない、ま」

あくまは少し怒ったような口調でシェゾを睨む。

「すまないな。文字を見ていると眠くなる」
「言い訳はいいま。早くここから出ていくま」
「ああ。邪魔した」

シェゾはゆっくりと立ち上がると机に出ていた本を閉じ、元に戻しに本棚へ向う。
向った本棚は歴史書が集っているところだった。

「おぬし、なぜ歴史書を読むま」
「あ?」
「魔法の勉強をするのは魔導師であるおぬしなら分かるま。
だがプリンプの歴史など、学んでも異世界のおぬしには関係ない、ま」

あくまは、シェゾが歴史を学んで下知識をつけ、プリンプを密かに狙っているのではないかと疑っていた。
実際闇の魔導師ならやりかねない。人一倍力に貪欲だと文献に書いてあった記憶がある。
本だけの知識が全てでないことはあくまもわかっているが、本にしか載っていない闇の魔導師が
目の前にいること自体が長年生きてきたあくまにとっても未知数であったのだ。

あくまが考えを張り巡らせ、対してシェゾは頬の痕をかいて答えた。

「楽しいだろ」
「…ま?」
「だから、楽しいんだよ。何かを新しく知るってことが」
「くま?」

何かを新しく知りたい。知識欲。それはあくま自身もよく知る欲望であった。
だがあまりに意外なシェゾの答えに、あくまはにわかに信じがたかった。

「信じられない、ま」
「お前なあ、俺を悪魔大王かなんかと勘違いしてるんじゃないのか?力への渇望は確かに強いし
ちょっとやそっとじゃ死ななかったりするが、それ以外は何の変哲もない人間だ」
「なら…本当にただ、このプリンプの、歴史に興味を持っているだけなのか、ま」
「そうだと言っているだろう」

シェゾは話が終わったとばかりに踵をかえし入り口へ向う。
あくまはその様子をただただ見ていた。
そうそう、と思い出したように去り際、シェゾが振り返りあくまに不敵な笑みを見せた。

「まあもちろん歴史を学ぶ以外にも目的があったりするがな?」
「まっ!?」
「さらばだ」

しぃーんと静まり返る館内にあくまは立ち尽くしていた。
最後のシェゾの言葉は何の意図があるのか。

「…敵か味方か曲者か、闇の魔導師、よくわからないま…」

また来るのだろうか。そうだ、借りた本を返してもらってない。来るだろう。
だができればもう来ないでほしいと、着実にシェゾはあくまに苦手意識を植えつけていたのだった。





「あ、お兄さん!遅かったね!」
「ったく…教えてもらう立場で遅いとはえらそうだな」

アミティのところへやってきたシェゾは呆れたように目を細める。

「ぷよ勝負に負けたらボク達にしばらく魔法の家庭教師してくれるって言ったのはシェゾじゃないか」

アルルがすかさず反論する。

「えへへ~。でもなんだかんだで教えにきてくれるお兄さんって案外いい人だよね」
「闇の魔導師がいい人なんかであってたまるか」
「じゃあなんで来てくれるの?」
「…何かを新しく知るのはいつになっても楽しいだろ。退屈しのぎになるだけだ」

シェゾのセリフに、一瞬の間が流れる。

「シェゾが真面目なこと言ってる」
「なんか意外だね~」
「やかましいわ貴様らっ!!」

プリンプの平和と夜は更けていく。
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