さて。ここはどこだろうか。

さくりと木の葉を踏む音が鳴る。
フードを目深に被ったその人影は森の中をさまよっていた。
温度は暑すぎず寒すぎず、過ごしやすいところのようだ。

「とりあえず、どこか開けた場所に出れると嬉しいのだが…」

その人影、ルシファーは歩を進める。
そしていきなり、足場が崩れた。

「うわわあっ!」

足が地面につきながら斜面を滑っていく。
ルシファーはとうっ!…とは言わなかったが、滑る最中高くジャンプを決めた。
着地は成功。音も大げさなものではなく、静かに降り立ったその佇まいは華麗だ。

「ふう、びっくりした」

ルシファーはフードを被りなおしながら言った。
そしてふと、ルシファーの視界にとある動く緑色の人影が映る。

腕を力なく垂らし、ふらふらしている。
盗賊や山賊の類ではないのは格好でなんとなく分かったので声をかけてみた。

「もし、そこの青年。お尋ねしたいことが」
「………」
「あの、そこの青年。聞こえてるかな」
「砂糖…砂糖…」
「えっ?」

ぼそっと呟いた砂糖の字。

「砂糖砂糖砂糖砂糖あまあまいあまいあま砂糖砂糖砂糖………」

森の中に砂糖と聞き取れない呪文のような文字と言葉が撒き散らされた。
さすがのルシファーも一瞬ぎょっとする。

「お、落ち着きたまえ君!えーっと砂糖…?お菓子か?」

懐から取り出した一つの袋。

「私が焼いたスコーンだが、食べるかね?」
「っ!!すこーーーーーーん!!」

青年がルシファーに突進したのでそれを素早くかわし、袋を青年に投げる。
投げられた袋は見事にキャッチされ、
今度はしばらくスコーンを貪り食う音が聞こえることとなった。

そして袋の中のスコーンがなくなったとき、青年は正気を取り戻したようだ。

「はあ、はあ……ああっありがとうございます。とてもおいしいスコーンでした」
「いやいや。気にすることはない。それにしてもどうしたんだ?」
「いえ、修行に没頭するあまり砂糖が足りなくなり、我を忘れてしまいまして」
「そうか。修行は己を鍛え、磨くためにするものだ。自分を追い詰めるためにするものじゃない。
 これから無理をしない範囲で修行をするといい」
「はい、勉強になります」
「ところで、この辺りに角と翼を生やした緑色の髪の浮かれた魔王はいるかな?
 それとも心辺りや聞いたことはないかい?」

ルシファーが尋ねた。

「あります。たぶん、あの人だと思います」
「ほう、その人はどこに?」
「この時間だと…おそらくあっちの風車辺りでぷよ勝負してると思いますよ」
「そうか、丁寧にありがとう。青年」
「レムレスです。こちらこそ、本当に甘くておいしいスコーンでした。ありがとうございます」


レムレスに道を教えられ、風車があるという方角へきてみた。

「サタンはどこか…」
「あっるる~♪さあ!今日こそ私と…」
「もう!あっちいってよ!アホサタン!」

すぐに見つかった。
此方でも相変わらずのようだった。
ルシファーは変わらないその様子に安堵する。

「やってるなあ」

サタンとアルルの近くによっていく。

「大体いつも勘違いしてばっかなんだから!
 少しは大人しくしたらどうなのさ!そこの先生みたいに!」
「そこのルシファーなどと一緒にすると私だって傷つくぞ!」
「先生の方がぜんぜん100倍素敵だもんね!」
「ぐっ。そんなつれないことを…しゅん」

間をおき、二人の喧嘩がぴたと止まった。
ルシファーは傍で静かに笑っている。

「…」
「…」

二人がゆっくりとルシファーを見た。
ルシファーはただ静かに笑っている。

「………にょわああっ!!?」
「せ、先生!?」

サタンの悲鳴とアルルの驚きの声が重なった。
ルシファーは片手を軽く振る。

「やあ、アルルくん。久しぶり」
「どうして貴様がここにいるのだ」
「アルルくん、元気にしてたかな?」

さらっとサタンを無視したルシファーはアルルに話しかけると、
アルルは背筋をしゃんと伸ばした。

「は、はい!最近はぷよ勝負に励んで毎日頑張っています!」
「結構なことだ」

元気そうな教え子の姿を見て和やかな気分…となりたかったのだが、
あいにく隣で黒いオーラを発している兄がいるせいでそれは長く続きそうもない。

「…少しサタンと話したいことがあってね、席を外してくれないか?」
「え…」
「ああ、聞かれたらマズイ話でもないのだが…アルルくんにはできれば知られたくない」
「先生が言うなら…わかりました!」

アルルはお辞儀をして、素直にこの場を離れていく。
本当にいい子だ。サタンにはもったいないくらいだな。

「じゃーね!先生!」

手を振って走っていったアルルを見送りその姿が見えなくなると、
近くにいたサタンからの敵意がさらに濃くなった。
ルシファーは涼しい顔をしてサタンと対峙する。

「さて、サタン」
「…何故貴様がここにいる」
「ちょっとした手違いか?ぷよを消したらいつの間にかここにいたぞ」

サタンは頭をかかえた。
確かにぷよを消して異世界へ行くというのは知っているが、
こんなやつまで連れてこなくてもいいだろう、と思ったのだ。

「帰ってくれ」
「ふむ、まあ私がここにいてもできることは少ないだろう。大人しく帰ることにする」

あっさりと引き下がったのは、本当にルシファーがここにいてもすることはないからだ。
それに元の世界での先生の仕事や空間の維持の仕事も残したままというのもあった。

ルシファーは思い出したように手を打つとサタンに尋ねた。

「アルルくんは元気に育っているようだな?」
「アルルは渡さない」

間髪を入れずサタンが答える。
ルシファーのこの質問の意味がとれたのだろう。
サタンの今の敵を射抜きそうな視線は常人ならその恐怖に耐えられないだろう。
ルシファーはかすかに口の端をあげる。

「お前も相変わらず、か」

何年経っても変わらない兄の想い。だが、それは自分だって変わらない。
アルルは自分といるより幸せな道があるということはわかるが、諦めたつもりはないのだ。
隙あらば…と狙う自分の存在はさぞうっとうしいに違いない。
双子だからサタンの考えることは大体わかるのだ。わかりたくないが。

ルシファーはサタンにゆっくりと数歩近づく。

「じゃあ向こうの世界へ帰ることにするよ。アルル君のこと、しっかり見守るように」
「言われなくても」

サタンが手をかざすとルシファーの足元から光がたちこめ、そのまま包まれるように消えた。
しばらくして光が霧散し、何もなかったように静かになった場所でサタンは一人苦笑を浮かべる。

「アルルは私の妃になるのだからな」

これ以上余計な者を招きたくない。
でも、もし万一にだが、面白そうなら、
いつかアイツも呼んできてやってもいいかもしれない。

プリンプの風が風車を回している。
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