「現状を整理すると…」

赤い髪の女の子は一人呟く。

「私あんどうりんごは、遠足で誤って道を踏み外し、森で道に迷っている…」

ということだな!
広い森の中に声が響いた。

「とんでもなく困ります!!」

そもそも自分はインドアで遠足といった運動系の行事は苦手だったりする。
でも幼馴染のまぐろ君はやたらはりきってるし、
りす先輩も実験か何か知らないけど大荷物抱えて遠足に来ていました。

ちなみに先生には何も指摘されていません。
細かいことを気にしてたらそれこそキリがない個性的な学校なので。

まあ、その話はおいときましょう。
問題は今のこの状況。
完全にMYOTTEいます。

「うう…何だか暗いなあ」

道、というより山にあるあの例の急斜面から落っこったんですよ。ころころりんと。
聞こえは可愛らしいですが、今私の膝はむごたらしいことになってます。

ただの擦り傷ですが。

そういうわけで私は森の結構奥地のほうに迷いこしまったのでしょう。
森は深いと昼でも暗いと聞いた事があります。

時計を確認すると、針は11時半を指していました。

「こういう時は…じっとして助けを待つに限ります…」

膝を抱えて縮こまります。
体力、体温を保ち尚且つベストな状況の選択。
迷ったといっても斜面から転げ落ちただけですし、すぐに誰かが
助けに来てくれるはず…ですよね?

ーーーーー

恐らく数時間経ったと思います。

…私の悪い予感は見事的中し、現在この森で迷ったまんまです。

「だ、大丈夫です…もう少し待てばきっと…」

―でももしこのまま誰も来なかったら?
―最悪永遠に見つけられなかったら?

嫌な考えが次々に脳を駆け巡っていき、その悪い考えを必死に振り払います。
しかし人の不安というのは根強くしつこく私に負の感情はまとわりついてきました。

「う、ぅう…」

このまま、私は、誰にも、見つけられないまま?

目の辺りが少し熱くなってきた、その時。

ガササッ

後ろの方向で何か音がしました。

「な、何でしょうか」

もしや助け?
いや、それだったら声をかけながら探すのが捜索スタイルのはず。
無口な方、とだったら嬉しいですがまずないと思われます。

となれば残る可能性はただ一つ。

「く、くくくくっくくま、くま?」

あまりの同様に言葉と足がもつれます。
熊は逃げると追いかけてくるので背中を見せず逃げなければいけないのです。
しかし今はそんな豆知識は頭から吹っ飛んでいました

ガサササッ!!

一瞬でした。
黒い何かが私の前にいきなり飛びついてきたのです!
あまりの出来事に思わず悲鳴をあげます!

「ひっひやあぁああぁああ!!!」
「うわあああああああああ!!?」

私が叫び声をあげた少し後に別の叫び声が私の声と重なります。
熊は喋りません。
一瞬で解析出来た私は恐る恐る飛びついてきた物体を確認します。

「い、いきなり大声出さないでよりんごちゃん。耳がキンキンする…」

ふわふわした黒い影が耳(?)の辺りを片手で抑えていました。

「エ、エコロ…?」
「えへへ~何故か呼ばれた気がして来ちゃいました!」

黒ずくめの物体、エコロは私に笑顔を向けます。
反して私は顔をしかめます。

「嫌な予感しかしないので帰っていただけませんか?」
「え~そんな~」

ある意味では熊より性質が悪いこの悪戯好きは今相手にしたくありませんでした。
しかし同時に心のどこかで安心にも似た緩みが私に感じられたのです。
特に言う事もなく、森の中エコロと見つめあっているとエコロが私に話しかけました。

「時にりんごちゃん」
「何ですか」
「何で森の中でうずくまってるの?」
「………」

言いたくありません。
斜面から転げ落ちて迷子になったなんてエコロに言いたくありません。
口を堅くしてだんまりを決め込むと、エコロはいきなり私の腕を引っ張りあげました。

「りんごちゃん、僕と一緒に遊ぼう!」
「はい?この状況で?」

突拍子もないことをいきなり言われた私は一瞬理解を遅らせました。
エコロは本気のようで私の返事も聞かずにさらに森の奥へと引っ張られていきました。

「ほらほら、こっちにおいで!」
「強引にひ、引っ張らないで下さい!殴りますよ!」
「りんごちゃんの正拳突きは痛いからなあ…」

これ以上森の奥に入れば本格的に迷う気がしてとても恐かったのですが、
不思議とエコロと一緒なら大丈夫な気がしました。
根拠も何もないですが、エコロ自体が根拠も何もない存在ですからあまり気にはしません。

エコロは私の腕を掴んだまま森の奥へ、奥深くへ進んで行きます。
一体何処へ向かうのでしょうか。

「で、どこに拐うつもりですか?」
「拐うなんてひどいなあ」

そんなさっぱりした会話を交わしつつ、エコロはまだ私の腕を引っ張っていきます。
そのうち、少し視界に違和感を覚え始めます。

森が喋っている、ような。光っている、ような……

ぼんやりした気持ちで歩き続け、急に森が開けました。
驚きです。
そこは、さっきの風景とは明らかに違っていました。
森が青く白く光り、空が真っ黒に染まっていたのです。

「これは…」

驚きのあまり呆然とした表情で空を見つめていた私にエコロが話しかけてきます。

「世界ってね、人間が思ってるほど正しくないんだ」

エコロは悪戯っぽく物を言うといきなり手を挙げました。
すると、さっきも聞いたような森の声がしかと私の耳に聞こえてきたのです。

不思議な光景でした。
でも、悪い気分ではありません。

「ねえりんごちゃん。たとえばさ、植物や虫って喋る?」
「…喋るわけないじゃないですか」

科学的に考えて虫や植物が喋るなんて…

「うん。でもそれは人間が植物や虫の声が聞こえないだけで、
 本当の世界はどうなってるのかというのは考えたことある?」
「………」

考えたことがありませんでした。

人間の視点、人間の世界。
植物の視点、植物の世界。

どちらも似て非なる解釈を持つ世界の実態。
森は、楽しそうに喋っているように聞こえます。
これも人間ならではの視点なのでしょうか?

「でも、この光景は非科学です。とても」
「そうだね。科学的では、ないかもね」

超非科学的存在のエコロにまで科学的ではないと太鼓判を押された以上、
この場所は普通では理解出来ない所なのでしょう。

考えるのが面倒くさくなってしまったので地面に腰を下ろし、足を投げ出しました。
エコロもそれに合わせ、私の隣に寄り添ってきました。
…エコロに性別はないと認識していますが、隣に座られるのは少し気になります。

そんな私におかまいなしにエコロは無邪気に私に話しかけ始めました。
今まで旅してきた時空、世界。
それがなかなかに興味深く、私もついしばらくの間会話に付き合ってしまいました。

「僕も時空の旅人~なんてやってるけどまだ世界の事がよく分からないんだ」
「…エコロを見てると何が正しくて科学的なのか分かんなくなってきますよ」

呆れるばかりにエコロを見ると、あちらもこちらを見てきました。
すると少しずつ笑顔になっていくエコロが見られました。
エコロが私の腕を掴みます。

「ねえ、りんごちゃん」
「何です?」

と同時に視界が急速に暗くなっていきました。
倒れる感覚はありません。
完全に暗くなる寸前、エコロが人間の姿になったような…
そんな気がしました。

ーーーーー

「…ち……ゃん………りんごちゃん!」
「あ、…あれ?」

気がつくと目の前に幼馴染が必死に叫んでいました。
私はあの迷った地点で倒れていたのです。

ゆっくり起き上がるとまぐろ君は心底安心したのかため息をつきます。

「良かった★気がついた」
「りんご君が転げ落ちたというので、必死に探していたのだよ」

よく見ると後ろの方にりす先輩が佇んでいました。
しかし私の頭はさっきの出来事について必死に整理をしている途中なのか、
あまりはきはきした受け答えが出来ません。

「はあ…ありがとうございます…」

なのでぼんやりとした声でお礼を言うとまたまぐろ君が心配そうに私の顔に近づきます。

「大丈夫?傷の手当てはしておいたけど、ぼーっとしてるみたいだね★」

この辺になると私の意識は現実味を増し、
まぐろ君に元気な声で大丈夫、と言うと彼は笑ってくれました。

「りんご君、早く戻ろう。皆が頂上で待ってる」
「…えっ!?」

私が迷ってからかなりの時間が経っているはずです。
今頃は私の安否について捜索隊が出されていてもいい頃合なのですが…。

とっさに時計を確認します。
短針が重なっていました。

私の時間感覚では迷った時から数時間は経っていたと思われます。
私の感覚が間違っていたのか、それとも―

「りんごちゃん、立てる?」
「あ、うん」

まぐろ君の手を握り、ゆっくり立ち上がります。
膝は痛くありません。
そして私はまぐろ君に腕を引っ張られながら元いた誘導路へ戻っていきます。

私は、ここを立ち去る際に一度だけ後ろを向いてみました。
すると奥深くの茂みの中、青白く光ったような。

「世界は一概に正しくない…ですか」

世界の秘密に少しだけ触れたような、不思議な体験でした。
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