この街には悪がない。
それを聞いて驚いたのはシェゾだけではなかったようだ。
「…悪がいないとなると俺の活躍はなさそうだなあ」
光の勇者ラグナスは苦笑いを浮かべる。
「たまにゆっくりするのも悪くないだろ、勇者様」
「そうかな…」
遠くをぼんやり見つめるラグナス。
楽しそうにはしゃぐ子供達の姿が見える。
そこには明らかに人間ではないモノも混ざっている。
その光景にラグナスは物珍しげにシェゾに尋ねた。
「ここには魔とか悪といった差別がないのか?」
「いや、昔は魔に対する差別はあったそうだ。今となっては皆無らしいがな」
「ここまで平和だと…怖いなあ」
「平和が怖い、か」
勇者かしらぬ発言だが、その心情はシェゾも察することはできる。
どこか危なっかしいのだこの街は。
悪を知らずに成長と時間が過ぎていく。
みながみな同じ方向を向いて生きる。
危険もしがらみも知らず魔導師を目指す。
それを否定はしないが、それと安全という名のもと身を守る術を知らないのは別だ。
自分のいた世界は自分の身は自分で守るのが暗黙の了解で
魔導師、特にダンジョン巡りをしてる者はいつ帰ってこなくてもおかしくない生業だった。
裏通りにはスリや強盗だって普通にいた。
危険な目にあったことがないのは悪がいることより危険ではないのだろうか。
…いや、悪がいない時点で自分との価値観はこの世界とでかなり食い違っているのだろう。
平和は悪いことではない…が、
(こんなとこに自分がいていいのか…)
シェゾがそう思うのも無理はない。
おそらくラグナスも同じようなことを思っているだろう。
絶対的闇であるシェゾとその闇を退治する光のラグナス。
どちらもこの場所には必要がなかった。
ここは悪意がなければ闇も光も全て受け入れる。
その価値観にシェゾは呟く。
「…俺もこういうところで育っていれば少しは違ったかもな」
ぽつりと聞こえたその声にラグナスは横を見る。
そしてハッと息を呑んだ。
冷たい、瞳が。
憂いを帯びたその様子はラグナスを心配させるには十分すぎた。
「シ、シェゾ!」
気づいたらシェゾの手をとっていた。
男のわりには細い細い手だった。
「あのっ、…なんていうか…さ。シェゾが闇の魔導師にならなかったら、いやならない方が良かったのかもしれない、…
でも、闇の魔導師としてのシェゾは今ここにいないことに…だから」
言葉を話すにつれその声が小さくなっていき、ラグナスは俯いた。
シェゾは言葉を待つようにラグナスをじっと見つめる。
何かを思い出したようにラグナスは顔をあげ、シェゾに語りかけた。
「アルルも…ルルーも、サタンも、俺も、お前が闇になってなかったら今ここにお前はいなかった。それは、あの…ちょっと嫌かな」
シェゾの手を握っているラグナスの手に力がこもる。
「だから、ここで育ってればよかった、なんて言わないで」
言い終わると今度は照れくさそうにほんの少し視線をはずした。
ラグナスの言葉を一通り聞いたシェゾは呆然としている。
何を言いたいのだろうかこの勇者は。
「お前、何か勘違いしてないか」
「ふぇ?」
「闇の魔導師になったのは俺の意志だ。それに後悔はないしするつもりもない。
…あれは、ここで育っていれば何かが変わったのかもしれないという世迷言だ」
「あ…じゃあシェゾは俺と出会ってよかったと思うのか?」
「そこは唯一後悔している」
「ひどい!?」
泣きそうな勢いで叫ぶラグナスはまだまだ子供みたいだとシェゾは思った。
実際年齢から見てそれは間違いではないのだが。
ふとシェゾはさっきから痛いほど握られている手を見やった。
「ラグナス。手、離せ。熱いし痛い」
「え、あ、ごめん!」
慌てて手を離したラグナス。
シェゾは離された手を少しさすった。その手は暖かい。
「…まあお前らに会えたことは悪くないと思ってる」
「え?なんて?」
「なんでもねえよ」
そして静かになると、この世界の涼しい風が二人を撫でるように通りすぎていった。
微かに、シェゾは笑っている自分がどこかにいるような、そんな気がした。
それを聞いて驚いたのはシェゾだけではなかったようだ。
「…悪がいないとなると俺の活躍はなさそうだなあ」
光の勇者ラグナスは苦笑いを浮かべる。
「たまにゆっくりするのも悪くないだろ、勇者様」
「そうかな…」
遠くをぼんやり見つめるラグナス。
楽しそうにはしゃぐ子供達の姿が見える。
そこには明らかに人間ではないモノも混ざっている。
その光景にラグナスは物珍しげにシェゾに尋ねた。
「ここには魔とか悪といった差別がないのか?」
「いや、昔は魔に対する差別はあったそうだ。今となっては皆無らしいがな」
「ここまで平和だと…怖いなあ」
「平和が怖い、か」
勇者かしらぬ発言だが、その心情はシェゾも察することはできる。
どこか危なっかしいのだこの街は。
悪を知らずに成長と時間が過ぎていく。
みながみな同じ方向を向いて生きる。
危険もしがらみも知らず魔導師を目指す。
それを否定はしないが、それと安全という名のもと身を守る術を知らないのは別だ。
自分のいた世界は自分の身は自分で守るのが暗黙の了解で
魔導師、特にダンジョン巡りをしてる者はいつ帰ってこなくてもおかしくない生業だった。
裏通りにはスリや強盗だって普通にいた。
危険な目にあったことがないのは悪がいることより危険ではないのだろうか。
…いや、悪がいない時点で自分との価値観はこの世界とでかなり食い違っているのだろう。
平和は悪いことではない…が、
(こんなとこに自分がいていいのか…)
シェゾがそう思うのも無理はない。
おそらくラグナスも同じようなことを思っているだろう。
絶対的闇であるシェゾとその闇を退治する光のラグナス。
どちらもこの場所には必要がなかった。
ここは悪意がなければ闇も光も全て受け入れる。
その価値観にシェゾは呟く。
「…俺もこういうところで育っていれば少しは違ったかもな」
ぽつりと聞こえたその声にラグナスは横を見る。
そしてハッと息を呑んだ。
冷たい、瞳が。
憂いを帯びたその様子はラグナスを心配させるには十分すぎた。
「シ、シェゾ!」
気づいたらシェゾの手をとっていた。
男のわりには細い細い手だった。
「あのっ、…なんていうか…さ。シェゾが闇の魔導師にならなかったら、いやならない方が良かったのかもしれない、…
でも、闇の魔導師としてのシェゾは今ここにいないことに…だから」
言葉を話すにつれその声が小さくなっていき、ラグナスは俯いた。
シェゾは言葉を待つようにラグナスをじっと見つめる。
何かを思い出したようにラグナスは顔をあげ、シェゾに語りかけた。
「アルルも…ルルーも、サタンも、俺も、お前が闇になってなかったら今ここにお前はいなかった。それは、あの…ちょっと嫌かな」
シェゾの手を握っているラグナスの手に力がこもる。
「だから、ここで育ってればよかった、なんて言わないで」
言い終わると今度は照れくさそうにほんの少し視線をはずした。
ラグナスの言葉を一通り聞いたシェゾは呆然としている。
何を言いたいのだろうかこの勇者は。
「お前、何か勘違いしてないか」
「ふぇ?」
「闇の魔導師になったのは俺の意志だ。それに後悔はないしするつもりもない。
…あれは、ここで育っていれば何かが変わったのかもしれないという世迷言だ」
「あ…じゃあシェゾは俺と出会ってよかったと思うのか?」
「そこは唯一後悔している」
「ひどい!?」
泣きそうな勢いで叫ぶラグナスはまだまだ子供みたいだとシェゾは思った。
実際年齢から見てそれは間違いではないのだが。
ふとシェゾはさっきから痛いほど握られている手を見やった。
「ラグナス。手、離せ。熱いし痛い」
「え、あ、ごめん!」
慌てて手を離したラグナス。
シェゾは離された手を少しさすった。その手は暖かい。
「…まあお前らに会えたことは悪くないと思ってる」
「え?なんて?」
「なんでもねえよ」
そして静かになると、この世界の涼しい風が二人を撫でるように通りすぎていった。
微かに、シェゾは笑っている自分がどこかにいるような、そんな気がした。
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